2017年2月27日月曜日

ゆめみるけんり:マニフェスト的な

どうやって?」と私たちは呟くことになります。通勤電車、満員のなかでどうやって、どうやって詩を擁護していけるというのか?

ゆめみるけんりは、東京と広島在住の同世代、暫定9名からなるゆるやかなコレクティヴです。大半のメンバーは様々な地域の文学(英米、ロシア、アラビア、ヒンディー)を大学で専攻した挙句に、社会に放り出されることになりました。私たちにとって文学は、生きることであり、多様な可能性そのものでした。だったのに。いま私たちは雑踏の中で自問し続けることになってしまったのでした。「社会の中でどうやって、文学あるいは詩を、つまりは私たちであるところの私たちを、擁護し続けていくのか?」 実際のところ、どうしたら良いのでしょうか。

一つのきっかけとなった経験が共有されています。私たちのほぼ半分のメンバーは、2016年3月に行われた東京国際文芸フェスティバル(惜しくもこれを最後に中止になってしまいましたが)で「多文化の海をおよぐ」というオリジナルイベントを企画・運営していました。文学という共通項でその場に偶然集まった人々が、気楽に和やかにおしゃべりをするという、それはイベントだったのですが、我々企画側の予想をはるかに超えてイベントは盛り上がりをみせました。参加者の一人が感想を述べてくれたように、そこには「独特の優しさと平和な感じ」があり、会場を包み込んでいたのは「善意と信頼」だったという意見に、私は隠匿しがたい嬉しさとともに諸手をあげて賛同したいと思います。

その時に私たちが心の深い場所で悟ったことは、文学とは(アカデミーの世界でしばしばそうであるように)知識を披瀝しあう場ではない、孤独に引きこもるのみの場でもない。それは場だ、しかしコミュニカティヴな、開放的な、新しいもの・人と出会い、人と経験を分かちあう楽しさに溢れた場だ、ということです。それは私たちにとって、「孤独な所業」「内にこもりがち」という陰気臭い従来の「文学」観を心地よいまでに打破する、ある意味破壊的な経験だったと言ってもよいでしょう。

このイベントはあくまで大学という枠組みを借りて行われたものでした。
さて、4月になり、私たちは社会に出るとともに、限りなく一人になってしまうのです。仕事をするというのは物理的にももちろん負荷の高い営みであるわけですが、それ以上に「一人になる」という意味で、生のうえでの特異点です(その特異点が人生の半分以上を占めるわけだが)。私たちは個として、朝起き、地獄のような電車に乗り、会社に入り、仕事し、会社から出て、帰路につく。そのルーティンには、詩の入り込む隙間がありません。日はただ過ぎてゆきます。

しかし思うのです。この人を人とも思わぬ満員電車の最中で、社会のなかで、それでもなお、私には詩への権利がある。夢みる権利がある。口幅ったいのでひらがなにしましょう、「ゆめみるけんり」と。
こうしてゆめみるけんりは生まれ、人から人へ伝わって、新しいつながりを生み出し、いまここにzineをつくるという共通の目的のために仮に9人が集まって一緒に仕事をすることになりました。今後zineづくりとともに、それを核として何か文学・詩のための場を作るためのイベントなども企画していけないか、と考えているところです。

それはしかし、社会的なるものに反対するものとしての詩ではありません。私たちには生活があり、社会があり、その第三の道、オルタナティヴとして考えてみたらどうでしょうか。私たちにとって詩は生きる経験だ、とても脆く危ういが、それは私たちの可能性だ。そういうことを愚直に、あいもかわらず、信じ続けていけるために。

文責:工藤佯/text: Yoh Kudo

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